大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和61年(ワ)1818号 判決 1987年11月25日

原告

吉留守

ほか一名

被告

濁池茂雄

主文

一  原告らの被告に対する別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一、二項同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  原告吉留守(以下「原告吉留」という。)は、本件事故発生につき前方不注視の過失があつたので、仮に被告に損害が生じたとすれば、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

原告株式会社平安商事は、原告吉留運転の加害車両(以下「原告車」という。)の保有者であるので、仮に被告に身体傷害が生じたとすれば、自賠法三条により損害賠償責任を負う。

3  被告は、本件事故により傷害を受けたと称して、損害があると主張している。

よつて、原告らは、本件事故に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  被告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、右傷害の治療のため香川病院に昭和六一年一一月七日から同月一九日まで入院し、同月二〇日から昭和六二年三月三一日現在に至るまで通院している。

2  損害

(一) 休業損害 一三万円

被告は、昭和六一年一一月四日から同月一九日まで全く稼働できなかつた。

被告は、神戸市北区山田町小部高橋一番一号所在の喫茶「カンナ」において、岩瀬智恵子とともに喫茶店を営業しかつ一か月のうち一〇日から一五日間は、有限会社福住輪行便で運転手として稼働していたものである。

被告の一日あたりの収入は一万円を下まわることはなく本件事故により一三万円の休業損害を生じた。

(二) 入院慰謝料 一〇万円

(三) 通院慰謝料 三〇万円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件事故により被告が傷害を受けたことを否認し、その余は知らない。

2  抗弁2の事実のうち(一)は不知、その余は争う。

五  再抗弁

原告らは、本件事故に基づく損害賠償として被告に対し、一〇万円を支払つた。

六  再抗弁に対する認否

認める。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  本件事故の状況

成立に争いのない甲第一、第二号証、原告車を撮影した写真であることにつき当事者間に争いのない検甲第一号証の一ないし八、原告吉留守本人尋問の結果を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、南北方向に走る国道四二八号線上であり南方面に一〇〇分の六の下り勾配となつていた。

(二)  被告運転の被害車両(長さ三・一九メートル。幅一・三九メートル。以下「被告車」という。)及び原告車(長さ四・一八メートル。幅一・六一メートル。)は本件事故現場まで右国道を北上してきたが、事故現場前方(北方)の交差点の対面信号が赤であつたため、先頭車より三、四台目に被告車が、そのすぐ後に原告車が一時停止した。その際の両車の車間距離は二・四メートルであつた。

(三)  対面信号が青に変わつたので、停止していた車両が順次先頭から動き出し、被告車が発進したので、原告車も発進した。

被告車は、その停止していた位置より二・九五メートル進行した地点で再び停止した。

原告吉留は、その停止していた位置より三・六メートル進行した地点で、前方に被告車が再度停止していることに気がついたので(この時の車両の車間距離は一・七五メートル)慌てて急ブレーキを踏んだが間に合わず、原告車は被告車に追突した。

(四)  右追突の結果、原告車の前部バンパーに軽微な擦過痕(被告車後部の排気ガスのパイプとの接触跡)が生じたのみであつた。

なお、前記甲第二号証によれば、本件事故後の実況見分の際の被告車の状況欄には、同車は後部バンパー、後部ボデイーが破損(小破)していたと記載されていることが認められるが、一方、右甲第二号証末尾添付の右実況見分の際の被告車を撮影した写真(番号6、7)によれば、右破損は、小破と表現するにも至らない程度の軽微な損傷であるというべきことが認められる。

また、右写真によれば、被告車後部ボデイーの前記破損というのは、正確には被告車右後部フエンダーのそれに該当するものと認められるが、前記認定のとおり、原告車が急ブレーキをかけて被告車に追突したこと及びその追突の結果、原告車の前部バンパーには、被告車後部の排気ガスパイプとの接触跡による擦過痕が生じたということからすれば、原告吉留が急ブレーキをかけたために、原告車が沈んだ形になつて被告車の後部バンパーの下の排気ガスのパイプに原告車の前部バンパーが衝突したことが推認され、右衝突状況に照らし前記後部フエンダーの破損が本件事故により生じたものであるとするのは疑わしく、仮に本件事故により生じたものであるとしても、前認定のとおり軽微な損傷というべきである。

次に、本件事故の衝突により被告車がどれだけ前方に押し出されたかについて検討するに、前記甲第二号証によれば、本件事故当日に行われた実況見分に際して、原告吉留及び被告はともに、追突後、被告車は四五センチメートル前方に押し出されたと指示説明し、原告は、更に、追突後、原告車は三〇センチメートル前進したと指示説明したことが認められるが、原告吉留本人尋問の結果によれば、右実況見分において、原告吉留は、追突後被告車はあまり動いた気配はなかつたと思つていたが、警察官に誘導されて、右の指示説明を行つたこと、原告吉留自身は、被告車が動いたかどうかについて確信がなく、動いたとも、動いていないとも断言できないこと、被告は本件事故後、原告株式会社平安商事事故係の難波社員に対し、「追突された時、ブレーキを踏んでいたので被告車は動いていなかつた」と言つていたことがそれぞれ認められる。

被告がブレーキを踏んでいたからといつて、被告車が必ずしも前方に押し出されないものとは限らないものの、以上の事実及び前認定の車両の破損状況を総合すれば、追突により原告車が前方に押し出されたとしても、その距離は四五センチメートルを超えることはない僅なものであつたことが認められる。

そこで、本件事故の追突時の原告車の速度について検討する。

前認定のとおり、本件事故により原告車前部バンパーに軽微な擦過痕が生じたのみであり、被告車は、仮にその損傷の全てが本件事故によるものであるとしても軽微なものであること、原告車は発進後追突するまで五・三五メートル進行したのみであり、衝突する前に急ブレーキをかけていること、追突後、被告車が前方に押し出された距離は四五センチメートルをこえることはなかつたこと、以上の車両の破損状況、追突前の原告車の状況、追突後の被告車の状況を総合すると追突時の原告車の速度は、時速一〇キロメートルを下回る低速であつたものと推認できる。

2  被告の症状及び治療経過

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば、被告は、本件事故後は近医で加療していたが、頸部痛が消失せず、持病の心臓病のため胸痛を来したので、香川病院に来院するようになつたこと(同病院の初診日は昭和六一年一一月四日)、同病院において、被告は、頸椎捻挫と診断され、同月七日から同月一九日までの間入院、同年一二月一〇日の時点でも、なお加療中であつたこと、レントゲン線上、被告の頸椎に著変はなかつたものの、同病院では、頸椎捻挫に対する治療として牽引・湿布等を行つたこと、心臓の方は、心電図上著明なS・T降下・不整脈が認められ、心筋梗塞として内科的加療を行つたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  被告の症状と本件事故との因果関係

頸椎捻挫がいわゆるむち打ち損傷の一種であること、むち打ち損傷は、停車中の車両に後続車が追突した場合には、停車中の車両の搭乗者の頸椎が生理的な可動範囲を越えて過伸展されたときに発生しうるものであること、停車中の車両に時速一六キロメートルの車両を追突させると被追突車両搭乗者の首の後傾角が六九度となつて、首が前後にゆすぶられ、正常人の平均後傾角度である六一度を越えてむち打ち症状を引き起こすが、時速一五キロメートル以下の追突では、座席にヘツトレストがない場合でも、一般にむち打ち損傷は生じないことは、いずれも当裁判所に顕著な事実であり、右事実に鑑みれば、普通貨物車が少くとも時速一〇キロメートル以下の速度で停止中の軽四貨物車に追突した場合には、むち打ち症の既往症その他の素因が加わらない限り、被追突車の搭乗者にむち打ち症が生じないものということができる。

これを本件についてみるに、本件事故においては、追突時の原告車の速度は、前認定のとおり時速一〇キロメートルを下回る低速であつたのであり、かつ、本件全証拠によるも、右低速で追突されただけで、被告にむち打ち症を生ずべき既応症、素因等の事実を発見することができないから、被告は、本件事故の追突によりむち打ち症を罹患するほどの衝撃を受けなかつたものといわなければならない。

また、前記医師の診断も、被告の訴える自覚的症状に基づくものであつて、他覚的症状に基づくものではないから、前記むち打ち症不発生の事実を動かすに足らない。そして、被告が右診断担当医に訴えたむち打ち症状は、結局、詐病か、そうでないとしても、本件事故後の不安から生じた擬似むち打ち症に医原症が拍車をかけたものと思われ、右診断結果をもつて、被告が本件事故によりむち打ち損傷を罹患したものとすることができない。

他に、本件事故により、原告の主張する傷害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告の抗弁は理由がない。

三  よつて、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

事故目録

一 日時 昭和六一年一一月二日午前九時三〇分ころ

二 場所 神戸市北区山田町小部字岡山一九番地の一先路上

三 加害車両 普通貨物車(神戸四五の七三〇六)

右運転者 原告吉留守

四 被害車両 軽四貨物車(神戸四〇せ九四二〇)

右運転者 被告

五 態様 右日時場所で被害車両に加害車両が追突したもの

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例